2010年09月11日

R.シュトラウス 交響詩「ドン・キホーテ」

 リヒャルト・シュトラウスの交響詩「ドン・キホーテ」(1897年)には、「Tenortuba」のパートがあります。テナーチューバは、ドン・キホーテの腹心、サンチョ・パンサのキャラクターを、ヴィオラやバス・クラリネットと共に演じる、重要なパートです。

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 Basstuba は通常のとほり、in C のヘ音記号で書かれてゐますが、Tenortuba は in B♭のヘ音記号で書かれてゐます。

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 バスクラリネット共に奏でられる、サンチョ・パンサのとぼけたメロディー

 マーラーの交響曲第7番「夜の歌」には「Tenorhorn」といふパートがありますが、さういふ名稱の樂器が實際に普及してゐたために、マーラーがテノールホルンそのものを意圖してゐたと察することが出來ます。

 一方、R.シュトラウスの「Tenortuba」といふパートは、そのやうな名稱の樂器が普及してゐない爲に、どのやうな樂器を意圖してゐたのかが判りにくいのですが、ここに大きなヒントがあります。それは、ヘ音記号のB♭調といふ、ドイツやオーストリアの金管低音樂器にはあまり例のない、獨特の記譜です。

 このやうな記譜をしてゐる例は、ヴァークナーが「Tuben」として書いたヴァークナーテューバぐらゐではないでせうか。R.シュトラウスは、ヴァークナーテューバを意圖してゐた、または、當然それが用ゐられるものと想定してゐたために、このやうな記譜をしたのではないか、と考へられるのです。

 また、こんなエピソードがあります。1899年(初演の翌年)12月、當時ドレスデン宮廷歌劇場音楽総監督で指揮者だったエルンスト・フォン・シュッフ(Ernst von Schuch)が、この「ドン・キホーテ」のリハーサルをしてゐた所、テナーチューバ担当者が上手く吹けなかった爲に、大變困ってしまったさうです。そこで彼は、この作品の作曲者であるR.シュトラウスに、「テナーチューバは、バリトン(Baryton)用に書き直した」と手紙を送ったとのことです。

 指揮者はなぜわざわざ書き換へたのでせうか。まづ考へられるのは二つです。

・バリトン奏者がB調で書かれた譜面では上手く演奏出來なかったので、譜面をバリトン用に書き換へた。
・ヴァークナーテューバ奏者が上手く演奏出來なかったので、バリトン奏者に演奏して貰ふこととし、譜面をバリトン用に書き換へた。

 ドイツ語による原典を取寄せてゐる最中の爲、詳細は判りません(現時点では、出典不明、または出典間違いの英文のみ)が、さすがに前者のやうな事態は、實際の現場では起こり難いと思ひます。譜面が讀みにくいといふ理由で、指揮者がわざわざバリトンに書き換へてあげるわけがありません。プロ奏者なのですから、讀みづらければ自分で書き直してリハーサルに望むでせう。さうすると、後者の方が合點がいきます。

 さらにR.シュトラウスは、自身の作品におけるテナーチューバについて、1905年の「INSTRUMETATIONSLEHRE(管弦樂法)」にて、興味深いことを書いてゐて、それも重要な判断材料となるのですが、大變に長くなる爲、別項に譲ります。

 現在は、ヴァークナーテューバで演奏することは極めて少なく、ほとんどがテノールホルンやバリトン、ユーフォニアムで演奏されてゐます。

 R.シュトラウスと縁の深いウィーンフィルハーモニーは、時折ヴァークナーテューバで演奏することがありますが、それはR.シュトラウスの最初の意圖を重視したことによるのかも知れません。
 
 ドイツ式バリトンで演奏した例は、こちら
 
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2010年09月05日

G.ホルスト 組曲「惑星」

 ホルスト(Gustav Holst)と言へば、真っ先に思ひつくのが、組曲「惑星」(1914-1916年)。大編成のオーケストラで、テューバもテナーチューバ(Tenor Tuba)とバスチューバ(Bass Tuba)のパートがあります。

 イギリスの作曲家で、吹奏樂曲も作品として遺してゐることから、この「Tenor Tuba」はユーフォニアムであらうと即決したくなるのですが、實際にスコアを辿ると、どうもユーフォニアムの役割とは雰圍氣が異なることに、すぐ氣がつくでせう。

 テナーチューバのパートがあるのは、重厚で攻撃的な「火星」、快活でエネルギッシュな「木星」、風變はりでリズミカルな「天王星」です。

 もしホルストがユーフォニアムを意圖してゐたなら、穏やかで美しい「金星」や、重く朗々とした「土星」、神秘的ではかない「海王星」あたりに使った方が、より効果的で、ユーフォニアムといふ樂器の特性が、存分に活かされさうな氣がします。

 ホルスト自身の指定によれば、「Tenor Tuba」と「Bass Tuba」が共に「Tuba」のパートを担当してゐます。これは、スコアで言ふと、一つ上段の「Trombone」パートを「2 Tenor Trombones」と「Bass Trombone」とが担当してゐるのと同じ意圖だとも考へられます。

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  Boosey & Hawkes Music Publishers Limited 15970

 ホルストが意圖したのはヴァークナーテューバであるとか、いやユーフォニアムであるとか、色々な見解があるやうです。しかし、マーラーが「Tenorhorn」といふ普通に使はれてゐる樂器を指定したのとは違ひ、「Tenor Tuba」といふ樂器がない以上、ホルストはそのパートに「高音域のテューバ」を指定したに過ぎないと考へるべきかと思ひます。つまり、「どの樂器が正しいか」よりも、ホルストの意圖したであらう役割を考へて、それを適へる樂器なり、アプローチをすることが大事なのではないかと思ふのです。

 ですので、例へばユーフォニアムで演奏して、もし火星のソロが弱々しかった時に、「いや、ホルストはユーフォニアムを意圖したのだから、これでいいのだ。きっと戰爭の愚かさを表現したに違ひない」といふ解釋をするなら、それは本末轉倒の解釋だと、私には思はれます。

 また、同じソロをヴァークナーテューバで演奏した、非常に攻撃的なアプローチを、「ホルストはユーフォニアムを意圖したのだから、これは荒すぎる」といふ解釋をするなら、これもまた本末轉倒の解釋だと、私には思はれるのです。
 
 ドイツ式バリトンによる演奏、ヴァークナーテューバによる演奏、ユーフォニアムによる演奏など、様々な演奏がありますので、聽き比べてみるのも面白いかと思ひます。

 ユーフォニアムで演奏した例はこちら
 テノールホルンで演奏した例はこちら
 
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